フォト

ウェブページ

無料ブログはココログ

« 招かれざる客の多いこと!! | トップページ | 一日一膳 »

2008年3月10日 (月)

東京大空襲・大阪大空襲

TBS系列で、「東京大空襲」を回想するドラマをやっていたね。
http://www.tbs.co.jp/program/dramasp_20080310.html のにあるように、
 一晩で十万人もの死者を出した東京大空襲。しかしながら広島、
 長崎、沖縄などに比べて、報じられる機会は少ない。空襲の様子を
 地上から撮影した唯一の男、石川光陽を主人公としたドラマを軸に、
 アメリカ取材や東京大空襲の被害者の証言などのドキュメンタリー
 部分とあわせて、東京大空襲の知られざる真実に迫る。


といった、ドキュメンタリードラマ。
で、石川光陽の写真を見てみたいという気になった。
 ※http://www.etmau.com/19450310/archives/2005/06/post_5.html

大阪でも先日、ピース大阪で大阪大空襲を回想するイベントがあって、母も参加してきた。
当時女学生だった母も、焼け出されて逃げ惑った経験を持っていた。
ここで上映されたドキュメンタリー「大阪大空襲の夜 地下鉄は走ったのか」 は、母が60年以上抱き続けていた疑問を解いた。

3月13日、14日の大空襲は深夜に行われたため、地下鉄の駅の入り口は鉄扉で堅く閉ざされていた。しかし、難波、心斎橋は猛火に包まれており、既に避難の術がなかった。そこで、乗務員の機転により、地下鉄の駅を開け、急遽梅田方面(梅田方面は被害を受けていなかった)へ電車を運行し、人々を避難させた。これによって、300~400人の人々の命が救われたといわれている。当時、地下鉄の職員はまだ徴兵されていない勤労学生が多く、女性乗務員も少なくなかったという。若者らしい、杓子定規に囚われない行動が多くの人命を救ったのだった。
この事実は、大阪市の公式な文書には記載されず、戦後長らくその詳細が不明であったが、1980年代後半になって新聞の投書欄に話が出たのをきっかけに証言者が現れ、日の目を見ることになった。

  ~『ウィキペディア(Wikipedia)』より~

当時、島之内(心斎橋の近く)に住んでいて焼け出された母は、地下鉄が走った事実を知る生き証人である。
許可無く列車を走らせることは法に触れ、今までこの事実を明らかにされることが無かったらしい。

戦争終わって60年以上が経ち、当時を知る人も少なくなってきたが、記憶を風化させない為にも大切な番組・イベントであった。

« 招かれざる客の多いこと!! | トップページ | 一日一膳 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 招かれざる客の多いこと!! | トップページ | 一日一膳 »